海外の遠隔医療事情

〜フランス領ポリネシア(タヒチ)における
遠隔医療のビジネス可能性検証〜

  • 海外の遠隔医療の現状について、日本では知られていないことはまだまだ多いのが現状です。
  • 今回株式会社ライフトゥデイは経済産業省「新興国DX等新規事業創造推進支援事業費補助金」を受けて、フランス領ポリネシア(タヒチ島)に赴いて遠隔医療のニーズを調査し、既存製品のレビュー、通信インフラの評価を行いました。
  • 本記事では知られざる島国の遠隔医療の事情と併せて、医療ニーズ調査の気付きを共有しますので参考にして下さい。
  • なお株式会社ライフトゥデイは、日本国内で延べ1,000を超える医療ニーズの調査経験を持つデザイン思考の専門コンサルタントチームを有しております。2023年度はJICS(日本国際協力システム)様の助成を受けて海外ニーズの詳しい調査と実証を行っております。これらの経験を元に海外の遠隔医療について説明致します。

はじめに

本記事の目的

「新興国DX等新規事業創造推進支援事業費補助金」は、南西アジア・中南米・島嶼国地域において、 DX等イノベーティブな手段による社会課題解決を目指す日本企業と新興国企業等の「共創」を促すため、協業促進に向けた実証・FS調査・人材育成等に対する支援を行う助成事業です。株式会社ライフトゥデイはこれまでデザイン思考を用いた医療機器の新製品・サービスの開発、人材育成を行っておりましたが、2023年度から本補助事業のご支援のもと、新たに国内および新興国の企業と協力体制を構築して遠隔医療ソリューションの海外展開にチャレンジしております。

遠隔医療の製品やサービスを開発する日本企業にとって、海外市場は日本語の情報が不足しており、インターネット等で調査しても十分な市場に関する情報が得られないことがよくあります。更に、新興国、過疎地域、島国等で英語も通じにくい地域になると、ほとんど情報が収集できません。この記事では補助事業の成果である現地調査の一部を公開することで、今後他の日本企業が医療機器で海外進出する際に役立つ情報を発信することを心がけました。株式会社ライフトゥデイおよび本事業に関わったパートナー企業のビジネス共創に繋がれば大変嬉しく思います。

令和4年度補正 新興国DX等新規事業創造推進支援事業費補助金 採択事業

株式会社ライフトゥデイが採択された事業は「島嶼国における日本発遠隔診療サービスのプラットフォームFS事業」です。島嶼国の代表として、フランス領ポリネシア(タヒチ島が有名です)に焦点をあて、実際の医療機器を持ち込んで病院内で試し、日本や新興国の医療機器が現地の医療現場で受け容れられるか、その条件が何なのかを調査しています。

事業概要の紹介スライド(JICSより)

【図1:事業概要の紹介スライド(JICSより)】

遠隔医療とは

遠隔医療の定義

はじめにこの事業のテーマである遠隔医療について解説していきます。
近年、インターネットやニュースで遠隔医療という言葉を聞く機会が増えましたが、遠隔医療と聞くと皆さんは何をイメージされるでしょうか?離れた地点から外科医が患者を手術できるロボットでしょうか?はたまた難しい画像診断を、遠方の専門医が診断する技術でしょうか?

遠隔医療は実際にさまざまな事例・製品が存在しており、一概にまとめるのが難しいのですが、総務省の遠隔医療モデル教科書によると「遠隔医療とは情報通信機器を活用した健康増進、医療に関する行為」1 )と定義されています。
そして遠隔医療システムとは「遠隔医療の実施に当たって活用する通信インフラや情報システムの総称」1) と定義されています。

1) 総務省情報流通行政局. “遠隔医療モデル参考書”. 令和2年5月.
遠隔医療モデル参考書 -オンライン診療版-(令和6年1月15日取得)

診断や処方を伴うものは日本ではオンライン診療

遠隔医療の中でも、特に診断や処方などのいわゆる医療行為を含むものはオンライン診療と呼ばれます。これに対して遠隔で診察はするが医療行為を含まない場合はオンライン受診勧奨、遠隔で助言のみ行うものを遠隔医療健康相談といいます。

海外の遠隔医療

海外では遠隔医療はTelemedicineと呼ばれており、日本とほぼ同じように定義されています。Telemedicineの普及度合いは、国や地域によってまちまちです。

「Clinical Engineering Handbook」という本では、

「遠隔医療の技術の進歩のためには、実は通信やネットワークについても高度な専門知識が必要であり、医療知識・医療技術だけでは不十分です。下の引用文には臨床工学技師について言及されていますが、情報技術を持つエンジニアが参画し、これまでに無かった共創体制が出来ることにより、全く新しい製品・サービスの開発が進む可能性が期待されています。
 遠隔医療は、地理的に離れた場所にいる少なくとも 2 人の間で医療情報の交換を提供する電子伝送媒体です。 基本的に、遠隔医療システムは、両端に特別な監視装置または適合した医療装置が接続された伝送チューブとして考えることができます。 遠隔医療活動には、通信技術、ネットワーク技術、医療機器技術の知識が必要です。 遠隔医療における最も興味深い開発には、自己モニタリングまたは専門スタッフによるモニタリングのためにデバイスを家庭に持ち込む機能が含まれます。 この概念は、テレホームヘルスとして知られるようになりました。 多くの団塊の世代が退職年齢に近づいていることから、遠隔医療の需要が劇的に増加し、医療標準として受け入れられる可能性があります。 遠隔医療の普及が期待される前に、償還に関するいくつかの問題を解決する必要があります。 この分野では臨床工学技士にチャンスがたくさんあります。 すでに何人かの臨床工学技士がそこで影響を与えています」と説明されています。 2)

2) 101 – Telemedicine: Clinical and Operational Issues. Joseph F. Dyro (ed), Clinical Engineering Handbook, Elsevier Inc. pp484-487, 2004.
Telemedicine: Clinical and Operational Issues.(令和6年1月15日取得)

インフラが大事

このような理由から、本事業では医療ニーズだけでなく、通信インフラについても評価を行っています。実際に現地の通信インフラ状況を確認したところ、ネットワークが切れてしまうことがあったり、小さな島では通信ができないことがあったり、事前調査内容との解離もみられました。

フランス領ポリネシアと遠隔医療

フランス領ポリネシアについて

フランス領ポリネシア《Polynésie française》は、南太平洋のポリネシアのうち南部のソシエテ諸島・トゥアモトゥ諸島・マルケサス諸島などからなるフランスの海外領土の1つです。中心となる島がタヒチ島で、首都はタヒチ島のパペーテにあります。約28万の人口(2021年時点)があります。日本からはエアタヒチヌイが直行便を出しており、所要時間は11-12時間程度です。3)

3) 参考:小学館. デジタル大辞泉.

【図2および図3:ファアア国際空港。タヒチ島へはエアタヒチヌイが直行便を出している】

フランス領ポリネシアの通信環境:タヒチ島、その他

タヒチ島は4G/LTE回線が整備されていますが、インターネット回線が切れることもありやや不安定です。日本の携帯電話キャリアの国際ローミングには対応していませんので、日本か現地でWi-Fiを借りたりSIMを購入したりする必要があります。主要施設内(空港やホテル)ではWi-Fiが整備されています。

タヒチ以外の主だった島(観光地で有名なボラボラ島など)では、海底ケーブルを通して4G/LTE回線が整備されています。一方で人口の少ない島や無人島には通信回線や衛星通信は用意されていないのが現状です。

フランス領ポリネシアには遠隔医療が無い?

2023年現在、フランス領ポリネシアには遠隔医療について定義した法律がありません。したがって”遠隔医療を実施した”としても法的な根拠がなく、医療行為には該当しないとみなされる可能性がありますし、健康保険等で償還を受けることもできません。

島国での遠隔医療のニーズ調査結果での気付き

タヒチ島での調査結果

それではここでは実際にタヒチ島でニーズを調べた際に得られた気付き、発見について、幾つか共有したいと思います。

産科医療

フランス領ポリネシアでは産婦人科では、実は島と島を繋ぐ遠隔医療を行わなくても妊娠・出産の安全管理ができるように工夫しています。まずは妊婦検診についてはフランス領ポリネシアのどの島であったとしても、必ずタヒチ島の総合病院を受診します。その時、何らかの異常が指摘された場合は、妊婦さんは島内の滞在施設で滞在することを指示されます。タヒチ島には十分な数の助産師さんがいますので、往診によってさまざまな支援を受けることができます。

タヒチ島以外の島では、そもそも超緊急時に対応できる交通手段が存在しないため、検査機器や医師とのコミュニケーションによって母子の異常が見つかり対処方法が決定しても、病院などへ移動する手段がありません。したがって、治療手段を伴わない遠隔医療だけでは不十分なので、検査装置が単独で普及するということは難しいのです。

救急医療

タヒチにあるフレンチポリネシア中央病院の救急部門にはドクターヘリ・ドクタージェットが備えてあり、救急患者が発生した際にはタヒチ島以外の島など、遠隔地域での初期対応と患者搬送ができます。救急コール時の管制システムなども整備され、クラウド型の電子カルテも存在しているため、現地で早期診断が可能なツールには一定の利用価値があることが判明しました。

【図4:今回訪問したフレンチポリネシア中央病院の救急入口】

海外でのニーズ評価の方法 3つのコツ

海外でのニーズ調査や実証において

海外での医療やヘルスケア分野におけるニーズ調査や実証実験を行う際は、現地での活動や言葉の壁による制限が掛かることを考慮すると、日本国内における事業活動とは異なる方法が必要になります。記事の最後に株式会社ライフトゥデイ代表の原が、普段気をつけていることを3点にまとめてみました。

1.海外調査と並行して日本国内でもニーズを評価する

1つ目は、日本国内でも医療のニーズを探索したり評価したりすることです。いきなり現地に行って外国語でニーズ評価や実証実験をやっても理解できないことが多いです。一方で、実は国や事情が違ってもUI/UXに関する要望は同じようなものが出る可能性があります。そこで予め日本国内の医療機関などで同じようなニーズがあるのか関係者の方から話を聞いてみることをお勧めします。

2.アイディアだけでなく最初から試作品や製品デモで詳しくフィードバックをもらう

2つ目は最初から形のあるものを使って評価をすることです。アイディアを説明したり、スライドを用意したりしても、正確に理解してもらえなかったり、医療者側から別な製品コンセプトのアイディアの話をされたりすることの方が多いです。これでは限られた時間で的確に目的となる製品の評価ができないことが多いです。そこで、最初から形のあるものを持参して提案型で説明し、深掘りをすることをお勧めします。これによって、次のステップ(製造や薬事、保険、臨床試験)に行きたいという話に繋がりやすくなります。また、言葉で説明するよりも実際の操作を見たり体験した方が相手の方がフィードバックをしやすいという利点もあります。日本語でも医療者相手に正確に説明するのは難しいのに、ましてや外国語ならなおさらですね。

3.特に非英語圏の場合は現地の言語を使える人に同席してもらう

3つ目は現地の言葉(特に英語以外の場合)を使える方に同席してもらうという方法です。例えば通訳さんがいらっしゃればそれでもOKです。例えば皆さんが外国の方が試作品を持ってやってきてレビューをしているとします。周りに日本人がいて、日本語でレビューをした方が、英語で考えるよりもやりやすいと思いませんか?これと同様に、現地の医療者の方がストレスなく言語化・思考できるようにするには、外国語がない環境でディスカッションできた方がよいのです。一旦考えがまとまったあとに、英語や日本語で解説してもらえば良いでしょう。

まとめ

  • 本記事では「新興国DX等新規事業創造推進支援事業費補助金」のご支援のもと、フランス領ポリネシア(タヒチ島)で日本や新興国の医療機器が現地の医療現場で受け容れられるか、その条件が何なのかを実証・調査した取り組みをご紹介しました。
  • 遠隔医療の定義や考え方を紹介しました。遠隔医療においては、医学的情報だけでなく情報通信およびインフラについても意識することが重要です。
  • 現地の医療ニーズ調査結果、調査方法について、参考情報を記載しました。
  • 本記事に関して、もっと詳しい内容を聞いみたい、気になる点がある、御社で医療ニーズ調査、実証調査、海外調査などのご希望があれば、ぜひお問い合わせフォームから「調査依頼」と記載して御連絡下さい。

最後までお読み頂き、大変ありがとうございました。本記事が皆様の事業の一助となることを願っております。

執筆・監修者:株式会社ライフトゥデイ 原 陽介(医師)